甘藷、基腐病の蔓延
甘藷は1600年代初頭、中国から琉球に伝えられ享保の飢饉、
人口が半減した地域もある、天明の飢饉の救荒作物として知られ
また、将軍吉宗が栽培を推奨され、芋代官なるものまで出て、広く
栽培されるようになり南九州地区では甘藷、その他の県では
サツマイモの名称が使われて、鹿児島ではサツマイモといわない
ところが奥ゆかしい?
現在、南九州では芋焼酎の原料として黄金千貫が大量に栽培され
大手では1社で4000HAにも及ぶとの話
南九州では3月頃から植え付けが始まり9月頃から収穫が始まり
その後に大根が作付されています。
現在、基腐病の蔓延により有効な防除方法が確立出来ず、甘藷栽培
の面積の激減が大きな問題になりつつあります。
後作の大根作の動向が注目されます。
基腐病 発症中期
基腐病 拡大
基腐病 1週間で全面拡大 収量見込めず